「猿田彦って、どんな神様?」——名前は聞いたことがあっても、くわしくは知らない、という方も多いかもしれません。
この記事では、猿田彦がどんな神様なのか、いつ・どこに登場するのか、有名な物語やまつられている神社まで、やさしくたどっていきます。
猿田彦はどんな神様
猿田彦は、天の神が地上へ降りるとき、その道を先に立って導いたとされる神です。ここから、道びらき・導きの神として親しまれてきました。
道をひらく神
猿田彦といえば、なんといっても「道案内」です。
天と地の分かれ目に立ち、迷わぬよう先を照らして導いた——その姿から、新しいことを始めるときに頼られる神として、今も信仰を集めています。
ひときわ目を引く姿
もう一つの持ち味は、その堂々とした姿です。
古い書物では、背が高く、鼻が長く、目は鏡のように赤く光っていた、と描かれます。あまりに際立った風貌に神々がたじろいだ、と伝わるほどで、この神の存在感をよく物語っています。
猿田彦が最初に登場するのはいつ
いちばん古い登場は、ほかの神々と同じく、奈良時代の『古事記』と『日本書紀』です。
古事記に登場する猿田彦
古事記では、天の神が地上へ降りる「天孫降臨(てんそんこうりん)」の場面に、大きく登場します。
道の分かれ目に、上は高天原(たかまがはら)を、下は地上を照らす、まぶしく光る神が立っていました。神々がためらうなか、進み出て名を問うたのが天宇受売命(あめのうずめのみこと)です。その神こそ猿田彦で、天の神を導くために待っていた、と答えたと伝えられています。
日本書紀での伝え方
日本書紀では「猿田彦命」などと書かれ、古事記の「猿田毘古神」とは字が少しちがいます。
姿かたちの描写や細部も書物によって少しずつ異なりますが、際立った姿を強く印象づける点は共通しています。古くから、よほど心に残る神だったのでしょう。
猿田彦の主な物語
猿田彦の物語は、大きく二つ知られています。天孫降臨での先導と、その後の伊勢(いせ)への帰還です。ここでは、その触りだけ紹介します。
天孫降臨の先導
一つめは、天孫降臨での道案内です。
道の分かれ目に立っていた猿田彦は、みずから先に立って天の神の一行を導きました。無事に道びらきを果たすと、役目を終えた猿田彦は、ふるさとの伊勢へと帰っていきます。
伊勢への帰還とその後
二つめは、伊勢へ帰ってからの物語です。
古事記では、故郷の海で漁をしていた猿田彦が、貝に手をはさまれて海に沈んでしまった、と伝えられています。このとき、沈む折・泡立つ折・はじける折に、それぞれ名をもつ神があらわれた、とも語られます。送りとどけた天宇受売命とは、この縁からのちに結ばれたとも言われます(諸説あります)。
猿田彦をまつる神社
猿田彦をまつる神社は各地にありますが、代表としてよく知られるのが、三重県の椿大神社(つばきおおかみやしろ)と猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)です。
椿大神社
鈴鹿(すずか)の山のふもとにある古い社で、猿田彦をまつる神社の総本宮とされます。道びらきの神をまつる社として、古くから多くの参拝を集めてきました。
先に紹介した天宇受売命も、縁の深い神としてあわせてまつられています。
猿田彦神社とみちひらきのご利益
伊勢神宮にほど近い猿田彦神社は、猿田彦の子孫が代々つかえたと伝わる地に建つ社です。
こうした由来から、猿田彦には、物事の始まりを良い方へ導く「みちひらき」のご利益があるとされます。新しい道へ踏み出すときの後押しを願って参拝する人も多いようです。受けとめ方は、人それぞれです。
猿田彦と関わりの深い神々
猿田彦のまわりには、物語を彩る神々がいます。猿田彦が導いた天孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)、道の分かれ目で向き合い、のちに縁を結んだとされる天宇受売命。
一柱ずつ知っていくと、猿田彦の道びらきの物語が、もっと立体的に見えてきます。
あとがき
天と地の分かれ目に立って先を照らす猿田彦の姿は、道そのものを見まもる神のようにも感じられます。
村のはずれや辻に立つ「道祖神(どうそじん)」と重ねて語られることもあり(諸説あります)、道と旅を守る神として、暮らしの近くで親しまれてきました。新しい一歩を踏み出すとき、この神のことを、ちょっと思い出してみてください。