「邇邇芸命って、どんな神様?」——読み方からしてむずかしく、初めて名前を見た、という方も多いかもしれません。
この記事では、邇邇芸命がどんな神様なのか、いつ・どこに登場するのか、有名な物語やまつられている神社まで、やさしくたどっていきます。
邇邇芸命はどんな神様
邇邇芸命は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫にあたり、天の世界から地上へと降り立ったとされる神です。「天孫(てんそん)」=天の神の孫、と呼ばれる代表的な存在です。
天照大御神の孫にあたる神
邇邇芸命は、太陽の女神・天照大御神の孫として生まれました。
天の世界「高天原」から、地上の国を治めるためにつかわされた——という位置づけの神です。のちの天皇家へとつながる系譜の、大切な結び目にあたります。
とても長い名前を持つ神
おもしろいのは、その正式な名前がとても長いことです。
古い書物には、いくつもの言葉を連ねた、覚えるのもたいへんな長い名で記されています。ふだんは、その一部をとって「邇邇芸命」と呼ばれています。
邇邇芸命が最初に登場するのはいつ
いちばん古い登場は、ほかの神々と同じく、奈良時代の『古事記』と『日本書紀』です。
古事記に登場する邇邇芸命
古事記では、天照大御神が地上を治めさせるために、孫の邇邇芸命を選んで送り出す場面で、大きく登場します。
このとき邇邇芸命は、天照大御神から鏡・玉・剣の「三種の神器(さんしゅのじんぎ)」を授けられます。これが、のちのちまで受け継がれていく大切な宝となります。
日本書紀での伝え方
日本書紀では「瓊瓊杵尊」と書かれ、表記が少しちがいます(読みはほぼ同じ)。
降り立った経緯や、供をした神々の顔ぶれなど、細かいところは書物によって少しずつ異なり、いくつもの伝えがあります。
邇邇芸命の主な物語
邇邇芸命といえば、なんといっても「天孫降臨」です。ここでは、その触りだけ紹介します。
天孫降臨
天孫降臨(てんそんこうりん)とは、邇邇芸命が高天原から地上へと降り立った出来事です。
道案内の神に導かれ、多くの神々を供として、日向(ひゅうが)の高千穂(たかちほ)の峰に降り立った——と伝えられています。天と地がはじめて結ばれた、大切な場面です。
木花咲耶姫との出会い
地上に降りた邇邇芸命は、美しい女神・木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と出会い、妻にむかえます。
このとき、姉の女神もともに勧められたものの、邇邇芸命は木花咲耶姫だけを選んだ——という話が伝わります。この選択が、のちの世の「命の長さ」にかかわる、と語られることもあります(諸説あります)。
邇邇芸命をまつる神社
邇邇芸命をまつる神社は各地にありますが、その代表が、鹿児島県の霧島神宮(きりしまじんぐう)です。
霧島神宮
天孫降臨の地と伝えられる高千穂のふもとに鎮まり、邇邇芸命を主なご祭神としてまつっています。
霧のたちこめる山あいの社は、天から神が降りてきた、という物語の余韻を今に伝えているようです。
天孫降臨ゆかりの地
霧島神宮のほかにも、九州の南部には、天孫降臨や邇邇芸命にゆかりの深い場所が点在しています。
こうした由来から、開運や家内安全などのご利益があるとされます。受けとめ方は、人それぞれです。
邇邇芸命と関わりの深い神々
邇邇芸命のまわりには、物語を彩る神々がいます。地上へ送り出した祖母の天照大御神、道を導いた神、妻となった木花咲耶姫、そしてその子孫にあたる神々。
一柱ずつ知っていくと、天から地へと続く物語が、もっと立体的に見えてきます。
あとがき
天から地へ、神が初めて降り立つ——邇邇芸命の物語は、日本の神話が「天の話」から「地上の話」へと移っていく、その転換点にあたります。
この神の子孫が、やがて海の物語(海幸山幸)へ、そして初代の天皇へとつながっていきます。神話が少しずつ人の世界へ近づいていく、その入口に立つ神ともいえるかもしれません。