「天手力男神って、どんな神様?」——名前を見て「手の力……?」と思った方。じつは、その直感でほぼ合っています。
この記事では、天手力男神がどんな神様なのか、いつ・どんな場面で登場するのか、まつられている神社まで、やさしくたどっていきます。
天手力男神はどんな神様
天手力男神は、名前のとおり、強い腕の力を司る神です。神話のなかでは、たった一つの場面で、世界を大きく動かします。
名前が、そのまま力を表す
「手力(たぢから)」は、手の力。「男(お)」は、男神であることを表します。つまり「手の力が強い男の神」。神々の名前のなかでも、これほど素直なものはめずらしいかもしれません。
その名にちなんで、力くらべやスポーツの上達、開運などにご利益があるとされ、今も親しまれています。
出番は少なく、けれど決定的
じつは、この神には、生まれた経緯を語る場面がありません。いつ、どのようにして生まれたのか——古事記にも日本書紀にも、書かれていないのです。
ところが登場する場面は、日本神話でもっとも有名な物語の、まさに決着のところ。出番は少なくても、忘れられない神様です。
天手力男神が最初に登場するのはいつ
いちばん古い登場は、奈良時代の『古事記』と『日本書紀』です。どちらも、日本の神話を今に伝える、もっとも古い書物です。
古事記での登場
古事記では、太陽の女神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)が岩のほら穴に隠れ、世界が真っ暗になった場面——いわゆる「天岩戸(あまのいわと)」の物語のなかに、ふいに現れます。
系譜も、親の名も語られないまま、岩戸のわきに、そっと立っている。そんな登場のしかたです。
日本書紀での書かれ方
日本書紀では「天手力雄神」と書かれ、表記が少しちがいます(読みは同じ)。「あまのたぢからお」と読むこともあります。
役どころは記紀でおおむね共通していますが、細かい描かれ方には違いもあり、諸説あります。
天手力男神の主な物語
天手力男神といえば、天岩戸の物語です。ここでは、その触りだけを、この神の役割にしぼって紹介します。
岩戸から、引き出す
天照大御神が岩戸に隠れ、世界から光が消えました。困りはてた神々は、岩戸の前でにぎやかな宴を開きます。
外の楽しげな気配が気になった天照大御神が、ほんの少しだけ岩戸を開けて、顔をのぞかせた——その一瞬。わきに隠れていた天手力男神が、その手を取り、外へと引き出しました。こうして、世界に光が戻ります。
作戦を立てた神、舞った神、鏡を差し出した神。多くの神々の工夫の、最後の一押しを担ったのが、この力の神でした。
天孫降臨のお供として
もうひとつ、古事記には短い記述があります。天照大御神の孫が地上へ降りるとき——「天孫降臨(てんそんこうりん)」の場面で、天手力男神もお供の一柱に加えられた、というのです。
そして「佐那那県(さななあがた)に坐す」、つまりある土地に鎮まった、とだけ記されています。物語は語らず、居場所だけを伝えて、この神は神話から静かに退場します。
天手力男神をまつる神社
天手力男神をまつる神社は各地にありますが、その代表が、長野県の戸隠神社(とがくしじんじゃ)です。
戸隠神社
奥社に、天手力男神がまつられています。長い杉並木の参道でも知られる神社です。
その名の由来には、こんな言い伝えがあります。天手力男神が引き開けた岩戸を遠くへ投げ飛ばしたところ、それが信濃の地に落ちて、戸隠山になった——(諸説あります)。開運や、スポーツ・武道の上達などにご利益があるとされます。
佐那神社
三重県の佐那神社(さなじんじゃ)も、古くから知られています。古事記が記す「佐那那県」の地にあたるとされる神社です。
神話のなかのひとことが、今もある土地の名と結びついている——そう思うと、あの短い記述も、少しちがって見えてきます。
天手力男神と関わりの深い神々
天岩戸の物語には、多くの神が登場します。岩戸に隠れた太陽の女神。作戦を立てた知恵の神。岩戸の前で舞った芸能の女神。祝詞をあげた神、鏡を差し出した神。
一柱ずつ知っていくと、天岩戸の物語が、もっと立体的に見えてきます。
あとがき
名も、生まれも語られないまま、いちばん大事なところで、そっと手を差し出す。天手力男神は、たったひとつの場面のために用意された神なのかもしれません。
おもしろいのは、力の神なのに、岩戸を「こじ開けた」わけではないこと。天照大御神がみずから少し開けた、その一瞬を逃さなかっただけなのです。力を出すべきときを待つ——そんな姿にも読めてきます。
今度、戸隠の杉並木を歩く機会があれば、遠く飛んできたという岩戸のことを、少し思い出してみてください。